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ジョン・デンバーと私・・・(2)

2009.11.06.07:04

昨日から、私なりに考えていることを書いています。

昨日の記事はこちらです。



近頃、ジョン・デンバーの歌を懐かしみ、ブログに記事を書く人もぼつぼつと増えてきたように思います。

ただし、よく知られている曲といえば、『故郷へ帰りたい』.や『緑の風のアニー』、そして『太陽を背にうけて』位なんですね。それに加えて、ジョン・デンバーに関する情報が本当に少ないのです。

70年代には数々のヒット曲を出し、テレビでも『警部マクロード』の『コロラド大追跡』にゲスト出演、その他『世界のワンマンショー』というタイトルで、ジョン・デンバーのアメリカでのテレビショーがNHKで放映されていました。

そういったテレビ番組を見て、ジョンのファンになった人も多いと思うのです。

それでも、やはりアメリカは遠い国でした。ジョンに関する正確な情報がないために、数多くのファンも翻弄されてしまったようですね。


ジョンは当時としては、ポップ・カントリーという位置づけだったでしょうか。ポップスとカントリーとの融合とでも言うんでしょうか。   でも、それだけではありませんでした。常にジョンは新しいことに挑戦しているようにも感じられました。

それが80年代に入ってからのジョン・デンバーだったかもしれません。ロック、レゲエ、そしてクラッシックとの融合。固定観念に捉われずに新しいサウンドを作っていきたいという意気込みがあったんだろうと思います。

それと同時にジョンは子供時代に美しい自然の中でひとりで遊び、自然を自分の親友として生きてきた人なのです。そういった経験から、破壊されつつある、この地球の大自然を守っていこうということで、『ウインド・スター』や『プラント・イット2000』という非営利法人を立ち上げて、環境保護運動家としての活動を始めたわけですよね。

残念ながら、そういったジョンの地道な活動というのが、日本では全くといって伝わってこなかった、誰もそのことについて話したり、記事にしたりはしなかったんですよね。商業ベースではないので、宣伝費もまったくないですし、誰かがそのことを語ったからというので、利益が発生するわけでもないので、日本の音楽会社がそのことを宣伝することも全くないですよね。  


もちろん、これは当たり前といえば、当たり前なんですが、そうは言うものの、ジョンが環境を保護するためにこんなに尽力を尽くしていることを、もう少し誰かが伝えてくれていたらなぁ、と今さらながら思いを強くしています。

今回発売されたDVD『Around The World Live』の中に入っているブックレットの中にもチラッと書いてあるのですが、ジョン・デンバーは、アメリカ・イギリス・オーストラリア等の英語圏でとても人気のあるシンガーでした。

それは、なぜかということを考えてみると、ジョンの歌の持つメッセージをすぐに、ダイレクトに伝えることができたのは、やはり英語だったということですね。

たとえば、『生きる歓び』を歌うとその曲を聴いてその意味がその場で理解できるということが非常に重要なことなんです。ですから、この歌を歌うと聴衆は立ち上がって盛大な拍手をするんです。それは、彼らが英語をよく理解できるからなんですよね。

『生きる歓び』は絵になる歌です。食べ物もない、焼けつくような平原にいるやせ衰えた子供たち、大海原に泳ぐクジラやイルカのたわむれるシーン、ジョンのリフレインの中には世界から飢餓をなくそうという力強いメッセージが込められていますが、その歌を聴いて、その場でわかるということがとても大事なんですね。

80年代以降の作品には特にそういった強いメッセージが込められている曲が増えました。70年代に比べて売り上げが落ちたために日本では、忘れられた存在になってしまいました。

けれども、欧米豪諸国では、コンサートを行い、テレビにも積極的に出演していましたが、日本には、あまり来日しなかったし、伝わらなかったですね。

このDVD『Around The World Live』を見ると日本でのコンサート、特に81年のNHKホールでの映像が一番綺麗で、28年前の映像とは思えない、まるで、つい1ヵ月前に放映されたばかりかと思うような、実に素晴らしい映像、そして音響のほうも本当に素晴らしいんです。

あ~、ジョンが生きている!・・・そう感じさせてくれる素晴らしい映像なんです。

でも、何かが欠けていました。

なんだと思いますか?


そうです。通訳です。やはり通訳を入れて欲しかったのです。

ジョンは75年の初来日の時に通訳なしでコンサートを行いました。1曲歌うごとにジョンはとても楽しそうにおしゃべりをしていました。ジョンは日本人が英語が苦手なことを知らなかったのです。けれども、その後、ジョンは日本人の大半が英語を聞き取れないことを知った訳ですから、やはり曲と曲とのちょっとした合間の一言でも通訳を入れて欲しかったですね。

あの81年の映像を見ていると、ジョンがいつものジョークを言うけれど、聴衆がポカンをして、リアルタイムな反応がないので、ジョンが照れ笑いをすくシーンがあります。多少のずれがあるのは仕方ないにせよ、やっぱり通訳を入れて欲しかった・・・、今さら何を、と言われるかもしれませんが・・・・。



今、私が考えていることは、そういったジョンのメッセージ、日本に訳されていないジョンの想い、活動と行ったものを時間はかかるけれど、日本語に訳して日本にジョン・デンバー・ファン、そして音楽ファン、そして、さらに多くに人びとに本当のジョン・デンバーの遺してくれてきてくれたものを著していきたいと思っています。

私ひとりでは到底不可能ですので、できないことに関しては、ある方にお願いしています。もし、そういったことに協力してくださる方があれば、どうか志願していただきたいと切に願っています。

もう少し、この続きを書いていきますね・・・。


つづく・・・
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