マリー・トラバースさんの訃報

2009.09.21.07:03

去る9月16日にアメリカン・フォーク・ソング・グループのピーター・ポール・マリー(PPM)のメンバーであるマリー・トラバースさんが白血病のため、コネティカット州の病院でお亡くなりになりました。
マリー&ジョン


ピーター・ポール&マリーは「パフ」、「風に吹かれて」「花はどこへ行った」「悲しみのジェット・プレーン」等のヒット曲で知られています。

ジョン・デンバーは当時、ミッチェル・トリオのメンバーとして、歌手活動をしていたもののヒットに恵まれず、多額の借金を抱えていました。

そんなジョン・デンバーの作詞・作曲した「悲しみのジェット・プレーン」をピーター・ポール&マリー(PPM)が1969年に歌い、大ヒットとなり全米1位となりました。この大ヒットのおかげで、ジョンは借金を返済できたのです。(ちなみにPPMにとって、シングル全米第1位となったのは、この「悲しみのジェットプレーン」だけだったそうです。)

そして、晴れてジョンはソロ・デビューを果たしたというわけなんですね。ですから、ピーター・ポール&マリーがジョン・デンバーにとって恩人だったと言えるかもしれません。もちろん、そのバックには名プロデューサーのミルト・オークンの力添えがあるわけですが・・・・。



私はピーター・ポール&マリーの活躍した時代をリアルタイムでは知らないのですが、ジョン・デンバーについていろいろと調べるうちにジョンとPPMとのつながりについて知り、またマリーさんとジョンとのつながり等についても考える機会がありました。

とても素晴らしい音楽仲間であったのではないかと思っています。

ジョン・デンバーは1997年に亡くなり、そしてマリーさんはその12年後に亡くなってしまいました。



本当に悲しく思います・・・・。

PPMのメンバーのポール・ストゥーキーさんはマリーさんのことを「活動家として、彼女は勇敢で積極的で人びとを奮い立たせた。歌手として、彼女のカリスマ性は抑えることのできない苛立ちのエネルギーにあった」と語っています。



PPMはベトナム反戦運動を唱え、マリーさんはPPMの解散後も活動家となり、人権問題を訴え、南アフリカのアパルトヘイトに反対しました。

ジョンもまた、やは反戦運動を唱え、核兵器撲滅を唱え、社会福祉のため、環境保護のために奔走しました。

ジョンとマリーさんにはこういう共通点がありましたが、二人とも亡くなってしまい、やるせない思いがあります・・・・。






社会の向上のために活躍し、PPMのメンバーとして素晴らしい歌をたくさん残してくださったマリーさん。



いろいろとありがとうございました。


謹んで哀悼の意を表します。





関連記事

tag : マリー・トラバース

comment

Secret

マリーのために

2009.09.21.21:32

以下、mixiに17日に書いた日記です。

夕刊に、Peter Paul & Mary(PPM)のマリー・トラヴァースさんが、昨日、亡くなった…と。72歳、白血病と闘っていたそうです。

PPMと言えば「パフ」「花はどこへ行った」が有名ですけど、私は、B.ディラン作曲、J.バエズも歌った「風にふかれて(Blowin' in the wind)」が好きでした。

90年の日本公演で、この曲を歌う前マリーはこう言っています。
『もう二度と戦争をしないようにみんなで学んで行きましょう。おそらく皆さんも同じお考えだとは思いますが…戦争をなくすためには闘いつづけることが大切です。次に歌う曲は、まだその一歩に過ぎませんが、皆さんも一緒に歌って下さい。そしていっしょに問いかけて下さい。そうすることで自身が、そして人間というものが、わかるかもしれません』。

歌い終わって、マリーが言います。
『平和、正義、公正…。みんなそのために一緒に闘っています。神様のお恵みがありますように』。

さようならマリー ありがとうメアリー・トラヴァース
マリー、貴女にこそ神様のお恵みがありますように

「風に吹かれて(Blowin' in the wind)」より

どれだけこの道を歩いたら人として認められるのだろう。
幾つの海を越えたら鳩は安らぎを得られるのだろう。
どれだけ砲弾が炸裂したら闘いは終るのだろう。

どれだけ見上げれば空はみえるのだろう。
幾つ耳を持てば泣き声が聴こえるのだろう。
どれだけ人が死んだら「もうたくさんだ」と悟るのだろう。

本当に自由になれるまで、どれだけ生きていられるだろう。
この光景をみんなどれだけ見て見ぬ振りできるだろう。
どれだけ顔を背けることができるだろう。

そして「The answer is blowin' in the wind.」。
私は「その答え」をこう考えます。
「いつでも、どこでも、だれでも、答えられますます。
 ただし、本当に見つける気になって初めて…」。

………………………………………………………

幾つかコメントを頂きましたが、省略します。
この訃報をきく暫く前、NHKで、
「世紀を刻んだ歌!静かなる祈りの反戦歌!」として
『花はどこへ行った』の特集を再放送していました。
(最初に放送されたのは2000年10月6日です)

そこには懐かしいマリーがいて、次のようなコメントを…。

『私達は、若くて世間知らずでした』
『ベトナム戦争が始まった時、
私達はわからなかった、何が犠牲になるのか…』
『戦争はなくなるか…。一つ、可能性はあると思う』
『みんなが希望をこめて歌えば、
いつか過ぎ去った昔の遺物になって行くでしょう』。

マリーさんのメッセージ☆

2009.09.22.07:16

デブと某医様、
丁寧なメッセージをいただき、本当にありがとうございますv-254

マリーさんは積極果敢に活動されていましたね・・・。彼女の活動は彼女を失っても生き続けていくんだと、確信しました。

『花はどこへいった』の再放送を見たのですが、途中からだったので、マリーさんの発言を見損ねていました。こちらの記事で、そのメッセージを知ることができて嬉しく思っています♪

『戦争反対』と発言するのは勇気がいります。でも、彼女は勇気のある人だったと思います。


勇気のある人になりたいですね・・・・。

とても素晴らしいメッセージなので、また後ほどじっくりと読ませていただきたいと思います。ありがとうございましたv-22

No title

2009.09.25.08:31

コメントおくれました。
マーヤさんのこの記事を見落としていたとは
申し訳ありませんでした。
この二人の写真、なんだか素敵な恋人達みたいですね。
「悲しみのジェットプレーン」が結びつけた彼等ですが
この歌で、ジョンも謝金を返済できた事は知りませんでした。
マリーもナンバーワンになれたし、今度は別なところで懐かしく歌っているかも知れませんね。

マリーさん☆

2009.09.25.17:46

>レモン様、

わざわざ、こちらへのコメントをいただきありがとうございますm(_ _)m
マリーさんとジョンはとってもいい間柄だったと思うのです♪


この写真も、ものすごく気に入っています☆

二人共、若くて夢溢れているように見えます。


このお二人が亡くなり、淋しくなりましたが、マリーさんとジョンのメッセージを胸に抱いて、夢と希望を持って生きていきたいですね☆
検索ぷらす
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

☆お勧め☆
最近のコメント
カテゴリー
ランキング
日本ブログ村に参加しています。1日1回応援クリックをしていただけますと、励みになります☆彡
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ洋楽へ
にほんブログ村
インフォメーション
FC2投票
無料アクセス解析
リンク
人気記事ランキング
最新トラックバック