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ライブのおしゃべりーMC日本語訳 ライブ・イン・(ロンドン)バーミンガム1986(その1)

2011.06.30.07:08

長いことお待たせしました!

Around The Warld Live John Denver DVD Disk3- Live In England(Birmingham) 1986 のライブのMC翻訳ができあがりました。よく聞きとれなかった部分が1か所だけありましたが、これでほとんどのジョンのおしゃべりの内容がわかるかと思います。このジョンのおしゃべりの書き取りと翻訳はGeorgeさんにしていただきました。どうしても聞き取れない部分に関しては私の友人アメリカ人にお願いしました。ここまでくるのに非常に時間がかかってしまいました。Georgeさんにはこの場をお借りして心よりお礼申し上げますm(__)m

1986年のイギリスのバービンガムでのライブの模様ですが、この年はものすごい事件があった年です。何だかおわかりでしょうか?

この年に旧ソ連のチェルノブイリで原発事故があったのです。そのため、一つの小さな町が消滅してしまったということ、この年にジョンがアメリカ、ヨーロッパ縦断のコンサートをおこなったこと、そして、ジョンが核撲滅のための歌としてレット・アス・ビギンを歌ったということ、これは大きな意味があったと思います。核兵器も原子力発電もどちらもその根源は同じですから。この歌に関しての情報がほとんどなかったのですが、ジョンがアメリカの小規模農家の救済のために作ったことについて説明しています。

ジョンが、旧ソ連を訪問したことや様々なテーマについて真剣に考え、音楽を通じて、人々に訴えかけているところが、このMCを通じてご理解いただけるのではないかと思います。第1部のバーミンガムでの映像がユーチューブにはなかったので、別の映像をいくつか入れてみました。懐かしい70年代の映像もあります。これはなんだかとっても嬉しいです

それでは、ごゆっくりとお楽しみくださいね


Disc 3 Live in England 1986

Song #1 Farewell Andromeda
Song #2 Take Me Home, Country Roads


Yeah. Thank you.
そうだね。ありがとう。

Song #3 Grandma’s Feather Bed
http://www.youtube.com/watch?v=54DuqiYnOCg

I love to open a show with those songs. Ha, ha, ha.
今の歌でショーを始めるのが大好きなんですよ。は、は、は。

I think everybody in the world knows “Country Roads”.
世界中の誰もが「カントリーロード」は知っていると思いますよ。

Everywhere I go, at least they sing along.
どこに行っても、少なくとも皆さん一緒に歌ってくれますからね。

And as soon as I start “Grandma’s Feather Bed”, I mean , the very first notes in the guitar, I can see a little smile happen down here on people’s faces.
そして僕が「おばあちゃんの羽根ぶとん」を歌い始めるや否や、つまり、ギターで最初の音を奏でるや否や、もう本当、この下のところでみなさんがそっと微笑み始めるのが見えるんです。

Right away, toes are tapping, the next thing, you know, everybody’s clapping their hands.
そうするとすぐにつま先が動き始め、次には、もうわかるでしょう、皆さんが手拍子を始めているんです。

I know of this because they all relate to Grandma’s Feather Bed or Aunt Lou.
そうなることはわかっているんです。なぜかというと、みなさんすべてが、なにかしらの形でおばあちゃんの羽根ぶとんとルーおばさんにかかわりがあるからです。

I love that song.
もう、大好きな曲ですよ。

Now so many of my fondest memories from childhood have to do with the time that I spent on the farm that my father was raised on: small family farm in Oklahoma, in the mid-western part of our country.
今思い起こせば、僕の子ども時代の大好きな思い出の多くは、僕の父が育った農場で過ごした時間にまつわるものなのです。つまり、僕らの国の中西部にあるオクラホマの小さな家族農場なのですが。

We used to go back there and you know, I think this is something that happens all over the world when families get together and they have dinner and after dinner, they’re sitting around the kitchen table at least in the kitchen where we were, where the fire was.
僕らはよくそこをたずねたものです。そしてですね、僕は思うんですが、このことは世界中のどこでも起こることでしょう。それは家族が集まり、夕食を食べ、その後、僕らがいる所、ストーブがある場所って、まあ、台所のわけですが、その台所のテーブルの周りに集ったものです。

That was where it was warmest and they’d tell stories and stuff. All the kids kinda wanna hang out and listen, you know.
そこは一番暖かい場所ですし、みんなお話やなにやらをしましたね。子供達はみんなどちらかといえばそこらへんにいて、お話を聞きたがったものです。そうじゃありませんか。

Pretty soon, we start falling asleep.
すぐに僕らは寝ちゃうんですよね。

They would cart us all off to grandma’s bed , you see.
ほら、僕らはみんなおばあちゃんのベッドに運び込まれたんですよ。

There were times we had 13, 14 kids in that bed.
そのベッドに13、14人も入っていたことがあるんですよ。

Couple of dogs.
犬も2,3匹入っていましたね。

I’ll never forget as long as I live the night we had a pig in there with us. Ha, ha, ha.
僕らと一緒にその中に豚が入っていた夜のことを、もう永遠に忘れないでしょう。は、は、は。

Now Aunt Lou sometimes deserves a little bit more of an explanation.
さて、ルーおばさんについてはもう少し説明をする必要があるかもしれません。

My Aunt Lou was actually my Aunt Corey Swope.
ルーおばさんというのは、実際は僕のコーリー・スウォゥプおばさんのことなんです。

God bless her heart and rest in peace.
彼女の御霊に神の祝福あれ。どうぞ安らかに眠ってください。

She was a wonderful woman. She was a very large woman and she had a Shetland pony farm and loved those Shetland ponies. She spent all of her time with them.
彼女は素晴らしい女性でした。彼女はとても大きな女性で、シェットランドポニーの牧場を持っていて、そのポニー達を愛してやみませんでした。彼女はポニーたちといつも時間を共にしていたのです。

And to tell you the honest truth, she smelled like them.
そして正直に言うと、彼女はポニーのような臭いがしたのです。

She’d walk in the living room and make it smell like a barn.
彼女はよく居間に歩いて入ってきたものです。すると回りが納屋のような臭いになったんですよ。

And we gave her a pretty hard time about it. Although nobody seemed to mind but she would get very embarrassed if we had company come on for dinner, you see, and then she would douse herself with perfume and the combination was awesome.
そしてそのことでぼくらは彼女にいやな思いをさせちゃったんです。べつに誰も気にしていたわけではないんですが、もし夕食にぼくらの友達が一緒だったりすると、彼女は本当に当惑してしまったんです。そしてね、彼女は大量の香水を身につけたんです。そしてその納屋の香りと香水の香りのコンビネーションの素晴らしさといったら、もう・・・。

And then she had this thing about kissing me when I was about that big see she’d spot me across the room and she’d say, “Oh, Johnny!”
そして僕があのくらい大きくなったころ、彼女は僕にこんなふうにキスしたものです。部屋の向こう側から僕を見つけ、そして「おー、ジョニー!」と言いました。

She would grab me and clasp me to her bosom and I couldn’t breathe.
彼女は僕を抱え込み、そして僕を彼女の胸の中に抱きしめ、僕は息ができませんでした。

Used to drive me crazy.
もう本当にまいっちゃいましたよ。

Well, I love to open with those songs, anyways. It seems like it makes it all real comfortable and homey, which is the way that I like it.
まあ、とにかくぼくはこれらの歌で始めるのが好きなんです。そうするとコンサート自体が本当に居心地良くて家庭的な雰囲気になるんですよ。そしてそれこそ僕がコンサートに求めるものなんです。

So much of the country, like I say, uh, it’s had such an effect on my life and my music.
お話しましたように、ぼくの田舎の生活の多くの部分、それは僕の生活と音楽に大きな影響をおよぼしました。

And at that time that I spent on the farm and being close to the earth, getting in touch with the seasons like that.
そしてまさにそんな時のことでしたね。つまり僕が農場で過ごし、より地球を近く感じ、そんな季節に抱かれていた時のことです。

So we’ll do a few more country songs for you here and before I do that, I’d like you to know how happy I am to be in Birmingham.
そんな訳で僕らはもう2,3曲ここでカントリーソングをお送りしたいと思うのですが、その前に、僕がバーミンガムにいることができてなんと幸せであるかを皆さんにお伝えしたいと思います。

Other than the television show some time ago, this is the only time that I’ve had the pleasure of performing and I want to thank you all very very much for coming out tonight and giving me a chance, uh, to sing for you.
何年か前のテレビ番組出演を除いて、僕がここにいる喜びを持てたのはこれが始めてです。そしてぼくは皆さんすべてに、ここに今夜お越しいただいたことと、僕に、えー、皆さんのために歌う機会を与えてくださったことに対して、感謝の気持ちをお伝えいたします。

We’re very happy to be with you.
皆さんとご一緒できて僕たちは大きな幸せを感じているんですよ。

Song #4 Back Home Again
http://www.youtube.com/watch?v=eO6FhSzGgyg


Song #5 Matthew

So that’s, uh, enough old songs for awhile, I would like to do some new songs for you.
さて、今まではしばらく、かなり前の曲をお送りしましたので、皆さんに何曲か新しい曲をお送りいたします。

Now obviously everybody knows, I think, we’re filming tonight’s concert for BBC television.
さて、皆さんもうご存知だと思いますが、僕たちは今夜のコンサートをBBCテレビのために録画しているんですよ。

You can see the cameras around?
まわりのカメラが見えるでしょう。

My guitar is nervous. That’s why it went out of tune, I think.
僕のギターも緊張しているみたいですね。だから音が狂ってるんだと思いますよ。

So we’d like to do some songs for you from the most recent album.
さて、最新のアルバムから皆さんに何曲かお送りします。

It’s been released on RCA: my 24th album. It’s called “Dreamland Express” and we might as well start with the title song from that one. James?
そのアルバムはRCAから発売されているもので、僕の24枚目のアルバムになります。「ドリームランド・エクスプレス」という名前のものですが、そのアルバムのタイトルソングから始めるのがいいんでしょうね。ジェイムス、いいかい。

Song #6 Dreamland Express

Before we go any further, I’d like to meet the band and the singers up here.
さて、先に進む前にここで皆さんにバンドのメンバーをご紹介したいと思います。

It’s my privilege to have these folks along with me on this tour of Europe.
ヨーロッパのツアーでこのメンバーを一緒にできることは、僕にとっての特権です。

It’s been a long time since I’ve had the band with me overseas.
もう大分長いことこのメンバーと海外での活動を共にしています。

We’ve just been to Australia, and going all over Europe for about 6 weeks.
僕たちはちょうどオーストラリアに行ってきたところで、そして約6週間の予定でヨーロッパ中を回っているんですよ。

We’ve been here for about 3 and a half, 4, already and I’m very very pleased to be able to share all of them, the music that they make, with you all.
ここには3週と半、4週間すでに滞在していますが、これらすべてを、つまりステージ上の皆さんが作り上げる音楽を、すべての皆さんと分かち合えることができるのはなんともいえない喜びです。

Starting over here, in my right, your left, I’d like you to meet Ms. Conrad Reeder.
ここから始めましょう。僕の右手、皆さんからは左手になりますが、コンラッド・リーダーさんを紹介したいと思います。

In the middle, Mr. Denny Brooks. Yeah.
真ん中にいるのが、デニー・ブルック氏です。  イエーイ。

Ms. Elizabeth Lammers.
エリザベス・ラマーズさんです。

On the piano, Glen D. Hardin.   Yeah!
ピアノを担当するのはグレン・D・ハーディンです。 イエーイ。

On the drums, Mr. Jerry Carrigan. Yeh, oooh! Ha, ha, ha.
ドラム担当はジェリー・キャリガン氏です。 イエーイ。オー。ハ、ハ、ハ。

On electric bass, Mr. Jerry Schef.
エレキバスにはジェリー・シェフ氏です。

On flute and saxophone, Mr. Jim Horn.
フルートとサキソフォンにはジム・ホーン氏です。

And on lead guitar, Mr. James Burton.
そしてリード・ギターを担当するのはジェイムズ・バートン氏です。

Now we have added the horn section here for these next few songs.
さて次の何曲かのためにここにホーン・セクションの人たちが加わっています。

I want you to meet Dave Plewes on trumpet, Pete Smith on trombone, and Mike Page and Nigel Nash on the saxophones.
トランペットのデイブ・プリューズ、トランペットのピート・スミス、そしてサキソフォンのマイク・ピートとナイジェル・ナッシュをご紹介します。

(Audience) How are you, guys?
(会場から)みんな、調子はどう

Here’s one of mine.
さて、僕が書いた一曲です。

Every once in a while, I get sort of a wild hair. I write a rock and roll song.
時々、ふっと思いつくんですが、ロックンロールの曲を作ることがあるんです。

This is called “Aspen Colorado On A Saturday Night And The Harder They Fall”.
次にお送りするのは「ハーダー・ゼイ・フォール」と呼ばれる曲です。

Song #7 Aspen Colorado On Saturday Night And The Harder They Fall

So we’d like to do some brand new songs for ya.
さて、皆さんに出来たての曲を何曲かお送りします。

We’ve recorded an album in March. It’s called “One World”.
僕たちは3月にアルバムのレコーディングを行っているのですが、それは「ワン・ワールド」と呼ばれるものです。

It’s my 25th album for RCA. Probably (it’ll) be out in June.
それは僕のRCAでの25枚目のアルバムになります。おそらく6月には発売の運びとなるでしょう。

I’m pretty excited about the album.
もうわくわくしていますよ。

We’d like to do a few songs for you from it.
その中から何曲かお送りしたいと思います。

The first one is called “I Can’t Escape”.
最初の曲は「アイ・キャント・エスケイプ」と呼ばれるものです。

Song #8 I Can’t Escape
Song #9 Flying For Me


Thank you.
ありがとう。

So one more brand new song and then we’ll get along to some other things.
それではもう一曲新曲をお送りし、それから別の曲をお送りしたいと思います。

This is a song that began a year ago last December; uh, the first time that I’ve visited the Soviet Union.
次の曲は、1年前、去年の12月に書き始めたものです。えーと、それは僕が初めてソ連を訪れた時のことです。

And part of the, one of the things that I did on that first trip was visit Leningrad, and the first thing that I did when I entered the city of Leningrad was go to a memorial cemetery there called Piskelvoskia Cemetery Memorial.
そしてその時のことですが、その初めての旅行で僕が行ったことの一つはレニングラードを訪問することでした。そしてレニングラードの街にはいってからまず最初に、そこにあるピスケルボスキア記念墓地と呼ばれる記念墓地に僕は行ったのです。

And in that are buried some 470,000 people who lie on mass graves: people who died during this 900-day siege of Leningrad in the 2nd World War.
そしてそこにはこの広大な墓所に眠る47万人の人々が埋められているのです。それらの人々は第2次世界大戦中のドイツ軍との900日の包囲戦の間に命を落とした人々なのです。

The cemetery itself is a memorial to all of those who lost their lives in what they call the great war.
その墓所自体は偉大な戦いと呼ばれる戦争で命を落とした、すべての人々の記念碑となっているのです。

It’s an incredible experience: very very moving experience to see this place.
それは素晴らしい経験でした。この場所を目にするのは本当に感動的な経験だったのです。

From that trip, I went back to the United States and then last summer, I was, I did the first public concert by an American artist in the Soviet Union in over 7 years.
僕はその旅からアメリカに戻りました。そして去年の夏のことですが、僕は、えーっと、僕はアメリカ人のアーティストによるソ連の公共の場所でのここ7年間で初めてのコンサートを行ったのです。

And again, I returned to the cemetery.
そして再び、僕はその墓所に戻ったのです。

I was very very moved by what I saw there.
そこで目にした光景に本当に心を動かされました。

Back in the United States again, I became ever increasingly aware of the plight of the American farmer.
再びアメリカにもどると、今度はアメリカの農業従事者達の苦境を今までに感じたことがないほどひしひしと感じ取ったのです。

It said that before the end of this year, over half of the remaining small farms in our country: small family farms like the one that my father grew up on, that gave me so many wonderful memories from my childhood, that over half of them will be gone, will be out of work.
次のようなことが言われています。僕たちの国に現存している小規模な農家、僕の父が育ったような小さな家族経営の農家、そしてそんな農家が僕に少年時代の多くの素晴らしい思い出を残してくれたんですが、そんな農家の半分以上が今年中に無くなってしまう、仕事を失ってしまうそうです。

I am one who believes that the small family farm ― small family business is the foundation of any society and that if we lose those, society will surely follow.
小規模な家族経営の農家、つまり小規模な家族経営というのがどんな社会においてもその基盤を作り上げているものであるし、もし僕たちがそんな農家を失ったら社会は崩壊してしまうでしょう。ぼくはそんなことを信じてやまない人間なんです。

I remember a speech by Dwight Eisenhower when he left office as president of the United States.
ドワイト・アイゼンハワーがアメリカの大統領を退任する時の演説が今でも僕の記憶の中にあります。

And he said in his speech that every time we make another missile, we’re taking food out of the mouths of hungry children.
そして彼はその演説の中で次のようなことを言っています。われわれがもう一つ新たなミサイルを作るたびに、私たちは飢えに苦しむ子供達の口から食べ物を奪っているのです。

Every time that we make another weapon system, we’re taking a tool of possibility out of the hands of the poor and those who would work for their own living.
われわれが新たな武器のシステムを構築するたびに、貧しい人々、そしてその日暮らしをする人々から、可能性の芽を摘み取っているのです。

Now in this song, the first verse is sung by an American farmer; the second verse is sung by an old man who survived the siege of Leningrad; the third verse, they sing together.
さて次にお送りする曲なのですが、一番は1人のアメリカ人の農夫になったつもりで歌います。二番はレニングラードの包囲戦を生き残った一人の老人になったつもりで歌われます。そして三番は彼らが一緒になったつもりで歌われます。

And at the end of the song, there is a chorus that I wrote the day that I first visited Piskelvoskia, Memorial Cemetery in Leningrad.
そしてその曲の終わりに、僕が初めてレニングラードにあるピスケルボスキア記念墓所を訪れた日に作ったコーラス部分があります。

This is called “What Are We Making Weapons For?”
次の曲は「レット・アス・ビギン」と呼ばれるものです。

Song #10 ( Let Us Begin ) What Are We Making Weapons For?
http://www.youtube.com/watch?v=QgMRrqeXe5A

I like that song.
好きな曲ですよ。

( Far out!)
(客席で)かっこいい!

I mentioned earlier, we started this tour over on Australia, back in the beginning of April.
前にもお話しましたが、僕らは4月の初めにオーストラリアを皮切りにこの演奏旅行を始めました。

We were about 3 weeks over there, 6 weeks all over Europe.
ぼくらは向うに約3週間滞在し、ヨーロッパのあちこちに6週間いるんですよ。

The fourth of July, I start in the United States and go through October there.
7月4日からはアメリカでツアーを始め、そこで10月まで行う予定です。

And in November, I hope to have the chance to sing once again in the Soviet Union, possibly with Mr. Gorbachev’s attendance.
そして11月にはもう一度ソ連で歌う機会が得られればと願っています。出来得ればゴルバチョフ氏の出席を得られるといいですね。

And also possibly Mr. Reagan will be there. You can bet I’ll sing that song for them.
そしてさらに出来得ればレーガン氏もそこに出席してくれればいいですね。そうすればその歌を彼らの為に僕が歌っちゃうのは自明の理ですよね。

And everywhere else I go.
そしてどこにでも、歌うために行きますよ。

Song #11 Sunshine On My Shoulders
http://www.youtube.com/watch?v=2AbxQ2Q4HeU


We’d like to do one more song for ya, and take a brief intermission for about 15 minutes.
みんなにもう一曲お送りして、約15分間の休憩をとりたいと思います。

Invite you all to stick around for the second part of the program.
このコンサートの第2部でも皆さんがお楽しみいただけることと思います。

Do a bunch of love songs; wanna hear all you ladies sing with me a couple of things. Ha, ha, ha.
ラブソングを何曲かお送りしますし、会場のすべての女性のみなさんが何曲か僕と一緒にうたっていただくのを聞くことができると思いますよ。
は、は、は。

To close this part of the show, this is “The Eagle And The Hawk”.
さて前半を終わるにあたって、「鷲と鷹」をお送りします・

Song #12 Eagle And The Hawk

Thank you very much, everybody. We’ll see you in a few minutes.
みなさん、ありがとうございます。しばらくしてまたお会いしましょう。

【続く】

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グッドバイ・アゲイン Goddbye Again

2011.06.28.07:03

6月も終わり近くなり、夏の声が届くまでもうちょっとですね。ジョンのライブのMCもぼちぼちアップに向けて、すたこらさっさとやっている最中です。

ジョンの愛したアニーさんへのラブソングです。この歌はジェットプレーン組曲の中の1曲で、いつかまとめて記事にしたいと思っているのですが、細かい解説は抜きにして、今日はただ聴いて見てもらえるかしらと思ってアップしました

1086年のコーク・シティのライブと1981年の日本公演ライブの映像です聴衆のがノリノリでグッドでしょやっぱり野外ライブはこうでなくちゃね

http://www.youtube.com/watch?v=_oqXFDQUIRE&feature=related


http://www.youtube.com/watch?v=iqoqcwiUM9c


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雨の季節に愛の歌をあなたに~ 南こうせつ&ジョン・デンバー 意外な接点

2011.06.24.07:03

雨に濡れるって、雨に濡れるって、どんなこと・・・。雨が降ると空は暗い、憂鬱になっちゃうよね。雨ばかり降る梅雨の季節は好きですか?雨が降ったら、お出かけするのが好きですか?

伝説の雨男ってご存知ですか?そうなんですよ!ジョン・デンバーと南こうせつのご両人は、雨男です。かの有名なサマーピクニック、1981年、最初のサマーピクニックでは、雨と雷でぐちゃぐちゃになってしまったけれど、そのお陰で10年も続いたんですよね。本来なら中止になっちゃいそうなことが、かえってプラスになった伝説のライブ。来日コンサートでは、やっぱり雨に降られちゃうジョン・デンバー。

そして、雨の歌というと失恋ソングが軒並み並んでしまう。いろんな雨の歌について調べてみたけれど、カーペンターズの「雨の日と月曜日」から始まって、雨といえば、寂しさと別れの色がちらちらと見え隠れするんだけど、ジョン・デンバーの「緑の風のアニー」だけは別格なんですよね。彼女への想いは「雨の中を一緒に歩く」ことなんです。こんな歌を作った人なんて、世界中でジョン・デンバーしかいないんじゃないかなぁ~。

そして「フォー・ベイビー(フォー・ボビー)」もそう。やっぱり「君と一緒に雨の中を歩こう」という出だしだけど、ジョン・デンバー・ファンの間では、雨やいやだとの声が・・・。バイクに乗っていて濡れるのが嫌だ、外を歩いていて、びしょびしょになるのが嫌だっていうの、よくわかります。ジョン・デンバーの歌う雨って、どんなだろうという疑問に対して、私はきっと霧雨だと思うと発言したのでした。

でも、そんな憂鬱な雨に対する思いを根底から覆してしまうこうせつさんの「雨の物語」に遭遇したのです。

こうせつさんは小さい頃から雨が好きだったのです。これって、本当に意外でした。まさかと思うくらい意外だったのです。

なぜ、こうせつさんが雨が好きかというと、休日などに雨が降ると家族全員が一日中家の中で過ごすんですよね。家族そろってご飯を食べたり、4人兄弟の末っ子のこうせつさんに上のお兄さんがかまってくれたりするんですね。家族がそろっているということ、ほんわかとした安心感があったというんですね。

それと、突然の雨でビショビショになることがあったんだけど、学校の帰り道に雨が降ると気持ちがいい、服を脱いで、川を泳いで楽しんだんですよね。そしてやがて夕立がどこかで消えていってしまうんです。服は土の中に埋めていて、全然濡れていないし。それに、こうせつさんは魚釣りが大好きなんだけど、雨が降ると、魚もよく釣れたんですね。

こうせつさんの雨に関する子供時代の思い出って、なんとも安らぐものがあります。私はこれが答えなんだと思ったんです。ジョン・デンバーの育ったアメリカ、お父さんが空軍パイロットで米国内を転々としたわけなんですが、ジョンは新しい学校生活に馴染めない時でも森の中を歩き、自然界の美しさを触れ合っていました。きっ夕立にあってびしょぬれになったこともよくあったに違いないんです。都会で雨に濡れるのは憂鬱だけど、木々の緑の中での雨って全然違うものだったんですよ。

雨がザ~ッと降って、ビショビショになるのも気持ちがいい、そして雨がやんで遠くの方にきれいな虹がかかってたりしたんでしょうね。自然界の雨、どしゃぶりの雨、髪の毛も服もビショビショだけど、子供たちは大喜びで泥水に飛びこむでしょ、そんな感覚なんです。

だから、雨って、ネガティブに考えることがないんですよね。新発見なんです。答えは南こうせつさんのメッセージにありました。こうせつさんとジョン・デンバーとの交流、テレビで共演、ライブで共演、環境問題に関するお互いの思いは通じていましたが、きっと雨に関する話まではさすがにしていなかったでしょうね。でも、二人はきっと雨でつながっていたに違いないです。

こうせつさんも雨の歌をたくさん歌っていました。「今日は雨」「野原の上の雨になるまで」「雨が空から降れば」「あの日の空よ」「加茂の流れに」「雨に消えたほゝえみ」。歌詞を調べるとなぜかやっぱりいうか、失恋なんです。でも、あんまり沈まないんです。歌の中に沈まないほんやかとした優しさというか、「加茂川の流れに」でも、「優しい雨の祇園町」でスタートしましたが、別れの中に沈まずに、これからも元気になろうよという暗黙のメッセージがあるのかもしれないです。ジョン・デンバーの「緑の風のアニー」も「フォー・ベイビー」も今、彼女に対する愛で一杯の熱い想いがあるんですね。きっと雨にびしょぬれになっても、あはははって笑っているにちがいないですね。きっとそうに違いないです。

【参考資料】 ドリーミン 天から授かった『神田川』  南こうせつ 著 毎日出版社 発行


あの日の空よ 南こうせつ
「激しい雨にうたれても 心傷つき倒れても 愛することを忘れずに生きてゆきたい」という歌詞の中に熱い想いを感じます♪
http://www.youtube.com/watch?v=j7D1tCGxOUM


加茂川の流れに かぐや姫
「優しい雨の祇園町 加茂の流れにうつる あなたの姿 あれは初めての恋 見つめあう 見つめあう瞳 あなたとふたり」雨の京都に風情を感じます。
http://www.youtube.com/watch?v=SEGhbZgSbKI&feature=related


緑の風のアニー ジョン・デンバー
「You fill up my senses like a night in the forest like the mountains in springtime, like a walk in the rain 」雨の中を歩く、君が僕の心を満たしてくれる ジョンならではの愛の表現ですね☆
http://www.youtube.com/watch?v=C21G2OkHEYo&feature=related



フォー・ベイビー ジョン・デンバー
「I'll walk in the rain by your side,I'll cling to the warmth your hand.I'll do anything to keep you satisfied,I'll love you more than anybody can.」雨の中を君と歩こう 君の手をしっかりと握って ほかの誰よりも君のことを愛しているよ♪ 
http://www.youtube.com/watch?v=sR7iFfmPPS4


サマーピクニック
サマーピクニック
はじめまして・・・かぐや姫フォーク・セッション
はじめまして・・・かぐや姫フォーク・セッション
バック・ホーム・アゲイン(紙ジャケット仕様)
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ロッキー・マウンテン・ハイ(紙ジャケット仕様)
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雨の物語 イルカ

2011.06.19.07:14

季節の移り変わり、春には桜吹雪、夏には海のさざ波、秋には枯れ葉色の並木道、冬にはハラハラと舞い散る雪が似合う。梅雨の季節に、雨が降る、ただ、ひたすら雨が降る、そんなことが当たり前のようにただ雨が降るのが嬉しい。

男の女の悲しい愛の物語も伊勢正三さんの心の中でこんなストーリーになった・・・「化粧する君のその背中が小さく見えてしかたない・・・」心の風景なのか?そういや、オフコースの「さよなら」でも「君が小さくみえるよ」なんて歌っていたっけ。恋の終わりには、彼女の姿も小さくなっていくのか・・・。

「雨の物語」、イルカさんの声が胸にジーンとくる。1977年オリコンでは最高位が16位と微妙だけど、今聴いても、心に響くから、心のオリコン第1位にしたい、梅雨の季節のオリコン大賞なんてのを作ったら1位になれる、きっと。

なんか別れの歌なんだけど、別れを感じさせない歌。「僕は君をまだ愛しているんだろう」でしょ。「窓の外は雨」で寂しげだけど、まだ終わりじゃない気がする

雨が止んだら、また晴れるような気がするよ・・・

大好きなイルカさん、歌手デビュー40周年を迎えたそうです。おめでとうございます今も昔と変わらない素敵な声、これからも地球を守るなんて大きなテーマで歌を歌って欲しいな

それでは、イルカさんの「雨の物語」をお楽しみください
http://www.youtube.com/watch?v=KO-WsJezaY4



ジャスミン&ローズ 40周年記念~イルカセレクトベスト2~
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雨に濡れるパリへ飛ばない?! A Country Girl in Paris

2011.06.14.07:00

パリ

シトシトと雨の中を歩くとき、どんな光景が目に浮かぶでしょうか?今日は雨の季節にピッタリの花の都のパリへと皆さんとご一緒にフライトすることにしましょう

フランス、パリというと真っ先に思い浮かぶのが少女時代に熱中したモーリス・ルブラン作の「アルセーヌ・ルパン」シリーズです。神出鬼没なんて四字熟語を覚えたのもルパンのお陰ですし、セーヌ川などのフランスの地名を覚えたのもルパンのお陰でした。怪盗ルパンと呼ばれ、泥棒なんだけれど、憎めない、そして決して捕まらないルパンの活躍ぶりに胸をワクワクさせながら、何度も繰り返し読んだものなんですよね。

ジョン・デンバーと言えば、コロラド州デンバーのアスペンに住居を構え、「ロッキー・マウンテン・ハイ」や「わが故郷アスペン」など、ジョンの愛するコロラドをメインとした歌が多かったのですが、「パリのカントリーガール」もまた正真正銘ジョン・デンバー作品なんですよね。カントリーミュージックのメッカと言われるテネシー州ナッシュビルに残してきた恋人に思いを寄せながらパリの街並みを歩くカントリーガール・・・。ジョンはどんな思いでこの歌を作ったのでしょうか?

この曲は1988年に発売された「ハイアー・グランド」に収録されています。ちょうどカサンドラ・デラニーと再婚し、ジェシベルという可愛い女の子が誕生したころなので、自分のこれまでの恋物語に絡んだものなのか、それとも、遠いフランスという異国に対する憧れから、何か閃くものがあったのでしょうか?

いつもこの「始まりはいつもジョン・デンバー」を応援してくれている熱烈なジョン・デンバー・ファンである新垣巽さんがこんな素敵な手記を書いてくださいました

A Country Girl in Paris  新垣巽

アフリカ諸国に出張する際に経由することが多いパリ、私はこの町が大好きです。セーヌ川やエッフェル塔、トラファルガー広場とかの観光地ではなく、ビルの合間を走る小さな路地通りとその両脇に並ぶ小さなお店をのぞきながら、当てもなく散策することが僅かな経由時間を利用する私の大きな楽しみのひとつでもあります。

私くらいのおじさん達には「パリ」というと「おそ松君」に出てくる「おフランス」帰りの「イヤミ」がすぐイメージに湧いてきます。もうひとつは「フランシーヌの場合」という反戦歌。これはベトナム戦争が激しかった、フォークソングが流行った頃に戦争に反対してパリで焼身自殺を遂げた若い女性反戦家を「新谷のり子」という歌手が歌った悲しい歌です。私も高校生の頃、ギターを弾きながらこの歌をよく歌ったものです。同時に北ベトナムを爆撃しに行く沖縄の嘉手納基地のB52の離陸地点で、軍用犬に追いかけられながら大きな声を上げて戦争反対を叫んだものです。(そのベトナムに、私は今年の9月から1年間駐在する業務命令を年明けに会社より受けました。何度も行ったことがあるので違和感はありませんが、私はほんとは行きたくないです。)

そのパリを歩き回りながらいつも口ずさむジョンの歌が「A Country Girl in Paris 」。歌のタイトルをそのまま直訳すると「パリにいる田舎娘」とか、「パリの田舎娘」と味気なくなりますから訳せずにそのまま使うことにしましょう。パリとアメリカのテネシー州ナッシュビル、歌にも歌われているように一瞬矛盾しているようですが、観光目的か傷心の旅行かは知りませんが、パリを訪ねた女性がナッシュビルに残してきた恋人を慕っている、振ったのか振られたのかは定かではありませんが、何となく哀愁を帯びた歌ですね。もしくはジョンが自分を女性に例えて歌っているのかも知れません。(ナッシュビルといえば、私の大好きなジャックダニエルの醸造元が近くにあります。好奇心が旺盛で、上杉謙信の次にお酒が大好きと自負している私、もちろん訪ねて行って樽の原酒を飲ませてもらいましたよ。)

それにしてもこの歌は今までのジョンの歌とは一風変わった感じの歌のような気がします。いわゆるCountry musicとは少々かけ離れたイメージということでしょうか。いずれにしてもジョンの澄み切った声がエッフェル塔の上からパリ中に流れてもおかしくない、またセーヌの流れに乗ってどこまでも響いていく、パリのイメージにあったような歌だという印象です。

「Country Boy」、もしくは「Country Girl」という単語は比較的よく使われます。しかし、適当な訳語がないですね。反対語としては「City Boy 」とか「City Girl」が挙げられ、あえて訳すると前者は「田舎者」とか「田舎娘」、後者は「都会っ子」とでもいいましょうか。でもそれではあまりにも味気ないですね。それに田舎者という言葉には「Hill Billy」という単語があります。「丘の上に住むビリーおじさん」という意味で、田舎の人を蔑視したあまりいい言葉ではありません。日本語の「お上りさん」と同じ意味に取られます。だいぶ前に「ビバリーヒル・ビリー」という映画がありました。田舎に住んでいた家族が突然自宅の土地から石油が噴出してきて一夜にして大金持ちになり、高級住宅地として知られるハリウッドのビバリーヒルズに住み着く、アメリカ人得意のドタバタコメディー映画です。

いやいや、ジョンのとてもロマンチックな歌からとんでもない英語と映画の解説になりました。どうも申し訳ありません。これで私がいかにロマンに欠如した、がさつな人間かというのがお分かりになったでしょう。皆様にお叱りを受けそうです。


新垣さんのイメージストーリー、意外な展開で面白かったですね★新垣さんの青春時代の様子、そして英語談議も結構良かったです。ジョン自身がこの歌を作った背景なんか、いつか調べてみたいなぁと思いました。どなたか知りませんか?

パリのカントリーガール A Country Girl in Paris           作詞・作曲 ジョン・デンバー  訳詞 マーヤ 

パリの地に田舎から来た娘が佇む 
雨の中 テネシー、ナッシュビルに思いを馳せながら
セーヌ川の月灯りのもとにいる
こんな矛盾があるかしら 心の中は悲しみでいっぱい
パリの地に田舎から来た娘がナッシュビルを懐かしんでいる

彼女はシャンゼリゼの大通りを歩きながら
3000マイルの彼方にいる田舎の彼氏のことを思っている
プライドのせいでこんなにも難しく高くついてしまった
ひとりぼっちのパリ 本物の恋は、遥か彼方にある

モンマルトルに登り、彼女はしばし休んだ
多くの芸術家たちが彼女の笑顔を描きたいと切に願った
というのも彼女の瞳に言うにい言われぬ哀しみを感じたから
若者たちは嫉妬の眼差しを向け、老人達のため息をついた

純粋さを失うといつでも痛みになるのさ、と人は言う
心が空っぽになることもまた同じこと
夜は恋人たちがロマンスを語るためにある
傷ついた心は真実へと導かれる
そう、もう一度チャンスはあるさ

パリの地に田舎から来た娘が佇む 
雨の中 テネシー、ナッシュビルに思いを馳せながら
セーヌ川の月灯りのもとにいる
こんな矛盾があるかしら 心の中は悲しみでいっぱい
パリの地に田舎から来た娘がナッシュビルを懐かしんでいる


ジョンのこの歌の中に雨のパリにいるカントリーガールが登場します。もし、今もジョンが生きていたら、どんな国や都の歌を作ってくれたかしら?京都の街並の歌も作ったかしら、神戸の街の歌も作ってくれたかしら?いずれにしてもパリ、モンマルトル、エッフェル塔、シャンゼリゼ、こんな地名をちりばめたこの歌に心は空高く飛んでいくような気分になれますよね。ジョン・デンバーの素敵な歌声をお聴きくださいね
http://www.youtube.com/watch?v=zxQ2wQxheQ4


こちらはレコード音源です☆
http://www.youtube.com/watch?v=eo6srSlh91Q





Higher Ground
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オリビア・ニュートン・ジョン & ジョン・デンバー 「フライ・アウェイ」 誕生秘話

2011.06.10.07:05

onj2

先日、「アイム・ソーリー」の誕生秘話の記事をアップしたところ、その秘話の前半と「フライ・アウェイ」の誕生秘話が同じようなとご指摘いただいたのですが、現状に不満を抱いている女性像としては似ているかもしれません。「アイム・ソーリー」は当時社会問題化していた結婚している女性のある傾向をヒントにして書かれたものなのですが、「フライ・アウェイ」はどちらかというと夢みる独身女性にスポットをあてているようです。

オリビア・ニュートン・ジョンはイギリスで歌手デビューしていますが、1975年にアメリカに移住しています。そのごく初期にオリビアとジョン・デンバーは出会い、「フライ・アウェイ」という曲で共演することとなったようです。アルバム「風の詩」にこの曲は収録されていますが、発売されたのが75年の9月です。また同年12月8日に「ロッキー・マウンテン・クリスマス」という番組が放映されましたが、こちらでジョンとオリビアの共演を見ることできます。

どうしてジョンとオリビアが共演したかについても詳しい情報はないのですが、1971年にジョンの「故郷へ帰りたい(カントリー・ロード)」が大ヒットとし、オリビア・ニュートン・ジョンはその曲を1973年にカバーしています。そんなことがあったので、プロデューサーの目にとまり、ジョンとオリビアの出会いがセッティングされたに違いありません。オリビアはアメリカ移住のごく初期にジョンの自宅に招かれて、ジョンとアニーと美味しい食事を共にしたそうです。そんな訳で親しくなったんでしょうね

上の水彩画は先日の画像加工ソフトで作ったものです。私もこんな絵を描いてみたいなぁ、と思いつつ、でもできそうもないですけど、いつか定年後の楽しみにやってみたいものですね・・・

フライアウェイ誕生秘話  ジョン・デンバー

「フライアウェイ」を通して、自分の人生がうまくいっていないある人のことを描いたんだ。

その人は幸せになくて充実感もなく、満足できるようなこともなく暮らしている。恋人が欲しくてしょうがないし、子どもを授かることを夢見ているんだ。

けれど、彼女は自分の欲しいものに対する責任を喜んで取ろうとはしない。それでいて、自分の夢想に対して満足できない状態なんだ。

そういったいつも飛びさっていきたいと考えている彼女の幻想について描いてみた

……彼女の頭の中では飛んだけれど、心は飛んではいない


フライ・アウェイ 作詞・作曲 ジョン・デンバー 訳詞 マーヤ

彼女の日々は何もかも柔らかく曇りがちに去っていく
彼女の夢はすべて乾いていってしまった
彼女の夜は悲しく陰鬱に去っていってしまった
彼女は今に飛ぼうとしている

飛んで、飛んで、飛んでいって…


都会の暮らしは、海の砂の響きのように彼女を狂わせる
高望みの人生には、何も見ることができず、何も満足することができないのだ

飛んで、飛んで、飛んでいって…

世界中どこにも彼女ほど孤独な人はいない
彼女は行く先もなくやりたいことをする場所もない
彼女は恋人を探しているし、
遊んでいる子どもを探している
彼女は春の訪れを探している
笑い声を聴きたいし、踊っている音色に耳をそばだてている
懐かしいものにも

飛んで、飛んで、飛んでいって…

1975年のジョン・デンバーとオリビア・ニュートン・ジョンとの共演映像はこちらです↓
http://www.youtube.com/watch?v=nLuRxZikJ5A

1995年のワイルド・ライフでの映像です↓
http://www.youtube.com/watch?v=emmE6DriZso


風の詩
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カッコいいジョン・デンバーなのです☆

2011.06.08.06:54

jd side face

ちょっと画像加工の面白いサイトを見つけて、愛しいジョンのイメージを加工してみました。で、こんな感じになりました。パソコンでワンクリックでこんな風にできちゃうと手描きで絵を描く気になれないですよね・・・。

でも、いつか時間を作って手描きでやってみたいと思っています。私の持っている色鉛筆7はカランダッシュの120色もあるやつなんですが、実際120色もいらないのですが、ある方が本を出版するというので、その本の挿絵のお手伝いをした時にお礼に商品券をいただいたんですよ。それで、記念にその商品券に自分の小遣いを足して買ってしまった記念の宝物なんです。なので、使わなくちゃ損ですよね。ウフッ

さて、ジョンのレアな音源のパート2が出ましたので、また見に来てくださいね


1971年の9月1日、ウエスト・ハイウッドのトロバドーでのライブ音源です。
曲目は「トレド」「悲しみのジェットプレーン」「アイ・ロスト・マイ・ハート・オン・747」「銀行のための60秒の歌」です♪
http://www.youtube.com/watch?v=_LT77tgIYrs



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