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原発事故について思うこと

2011.03.30.09:06

東日本大震災が勃発してから2週間を越え間もなく3週間になろうとしていますが、なんだか悪夢のような日々でした。テレビのニュースやインターネットの情報に振り回されて、いったいどうしたらいいのかわからない状態が続いています。

そういった日々模索していたところ、原子力発電所に長年勤めていた平井憲夫さんの書いた記事を読み、定期点検工事を素人にやらせているというところに危機感を覚え、また原発で働く作業員に「絶対安全」だと洗脳教育を5時間もかけておこなうという点も恐ろしいと感じてこのままではいけないという思い、ネットショップを中心に原発関係の本を取り寄せました。というのも、ネット上の記事に対して、あれは嘘だとか間違いだとか様々な意見が飛び交っていてどれが本当かよくわからないからなのです。とにかく裏付けとなる資料をできるだけたくさん得る必要があると強く感じたからなのです。

3冊注文して1週間でやっと2冊届きました。あともう1冊はもう少し待たないといけないようです。それと近くの図書館で原子力関係の本を検索したところ数百冊の本がありましたが、その中から良さそうな本を10冊予約しました。自宅から遠いので最寄の図書館から借りられるようにしています。届けば図書館から連絡が来るはずです。


さて、3月29日(火)の朝日新聞の「私の視点」というコラムでこんな投稿がありました。

「危険ではない、問題はない」と専門家は繰り返す。しかし、素人目には時々刻々と事態が悪化しているように見える。何を信じ、どう行動すべきなのか分からない。福島第一原子力発電所の事故に関する報道を前に、多くの人が困惑している。
 私は2006年から福島原発の立地地域で原発と社会の関係について調査を進めてきた。住民に「近くに原発があって怖くないのか」と問うと、多くの人が「原発事故の確率より、外を歩いていて交通事故にあう確立の方が高いから大丈夫」「東電さんがちゃんとやってくれているから何も問題はない」と答えた。・・・(中略)・・・素人には理解しがたい高度な科学技術の結晶である原発に向けられるまなざしは、「国が、東京電力がやっているのだから信じるしかない」というある種の「信心」だ。日本全体を、この種の根拠のあいまいな「信心」が覆ってきた。・・・(以下略)朝日新聞 私の視点 開沼博 2011.3.29)



現在日本では54基の原子力発電があります。日本は第2次世界大戦において原爆により多大な被害を受け、戦争を放棄しました。広島・長崎に原爆を落とされて、核兵器、放射能の恐ろしさも他のどの国よりもわかっているはずです。ところが原発の職員も福島の住民達も国がやっているなら大丈夫、東京電力がやっているなら大丈夫を思い込まされてされているのですね。核も原子力も英語にすれば、ニュークリア(nulear)で同じですが、日本語に直すと核は危険なもの、原子力は安全だと思ってしますのです。上記の投稿ですが、東大大学院で社会学を学んでおられる開沼さんのオピニオンですが、まさにその通りだと思いました。

3月27日に銀座で原発反対のデモ行進がありました。「再処理とめたい!首都圏市民の集い」が主催で約1200人の市民が集まり、銀座から東京電力本社前を通って日比谷公園まで約3キロを歩いたということです。

いっぽうドイツでも3月26日に反原発のデモがありました。デモはベルリン、ハンブルク、ケルン、ミュンヘンの主要4都市で行われました。約25万人もの市民が集まったようです。

この人数だけ見ても日本人とドイツ人との意識の差を感じますよね。日本人ももっと目を覚まさなくちゃいけないと思っています。ただ、銀座のデモは4年前から毎月おこなわれている定例のデモでいつもは30人くらいしか集まらないそうなので、市民の意識も高まってきたのでしょう。それにしても日本人は控えめ過ぎますよね。

原子力発電はもうすべて停止するべきでしょう。もちろん、今すべてを停止すると電力が不足するという問題がありますが、そういった問題もすべて国任せ、電力会社任せでは日本人の尊い命が危ないのです。もう任せきりというのはやめてそれぞれが自分の目で確かめてみる時がきました。書店では原発関係の本がまったくといっていいくらいないのですが、これこそ日本人が安全神話に騙されていた証拠なんだと思います。皆さんもぜひとも自分自身で情報を集めてどれが正しいのかを判断してみてください。

ジョン・デンバーは生前、核兵器撲滅のために歌を作り、その推進のため全力を尽くしていました。また自然環境保護という立場から非常に熱心に勉強されていたそうなんです。もし今も生きていれば、原発反対を提唱していたことでしょう。

さて私が購入した本についてですが長くなりましたので、また後ほど書きますね。

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一番下の関連記事はfc2が機械的に選ぶので、あんまり関係のない記事が載っているので、こちらに関連記事を載せます。原発ではなく原爆ですが・・・。
原爆の日特別番組 64年目の夏~被爆者からのメッセージ~
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theme : 環境・資源・エネルギー
genre : 政治・経済

ヒーリング・タイム

2011.03.25.07:39

東北関東地方は未だに余震が続いており、原発やその他問題が次々と起きていますが、何もできない私に何ができるかといえば、やはり元気になれるメッセージ送ることかと思うのです。

ジョン・デンバーの歌の中でアルバムに収録されていないけれど、素敵な歌を見つけました。。「イン・メモリー・オブ・ジョン・デンバー」というビデオに収録されているのですが、そのタイトルは「ヒーリング・タイム」(Healing Time)です。癒しの時間かぁ、いいなぁと思いつつ訳して見ました。ジョンの優しく語りかけるような歌にホッと心が和みます。

みんなが元気になれるように、ささやかな願いを込めてお届けしますね

ヒーリング・タイム     訳マーヤ

山と話そう
川と走ろう
智恵がここにある
もっと知りたくなるし
よく理解できる
癒しの時間が
この世界を覆う

君は僕の歌を聴いたよね
とても長いこと
君は僕と笑ったよね
君は僕の涙をぬぐってくれた
君は僕と楽しんだよね
君は僕の痛みをとってくれた
癒しの時間
もう一度一緒に歩いてくれないか

この暗い日々
この狭い道
僕に道を示して欲しい
僕にしるしを示して欲しい
僕は悩んでなんかいない
僕は一人ぼっちじゃない
君は僕とよく話したよね
君は僕を家まで連れていってくれたよね

山と話そう
川と走ろう
世界が目覚めた
陽が昇る
新しい日
新たに生まれ変わる
これが癒しの時間
母なる大地

山と話そう
そして川と走ろう
智恵がここにある
もっと知りたくなる
新しい日だ
僕たちは生まれ変わる
これが癒しの時
母なる大地

新しい日々
生まれ変わる日
これが癒しの時
母なる大地


http://www.youtube.com/watch?v=CwlM_LEWD9I


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theme : 心に沁みる曲
genre : 音楽

癒しの歌声 ア・ソング・フォー・オール・ラバーズ

2011.03.16.07:02

こんな悲しみの日々を乗り越えるために心の薬になる歌を聴いてみたいものです。私の愛しいジョン・デンバーの歌には癒しの歌がたくさんあります。「ア・ソング・フォー・オール・ラバーズ」。実はこの歌は「ワイルド・ライフ・コンサート」でしか聴くことのできない歌なのですが、一度聴いたら、その美しさに魅了されてしまいます。

月明かりのもとで、美しいアラスカの大自然のもとでダンスをしている姿が思いうかぶ、ハートフルな歌です。どうか静かに目を閉じて聴いてみてください。

http://www.youtube.com/watch?v=G_S9IRebElY&feature=related





A Song For All Lovers song & words by John Denver

I see them dancing somewhere in the moonlight
Somewhere in Alaska, somewhere in the sun
I hear them singing a song for all lovers
A song for the two hearts beating only as one

Imagine the morning no longer alone
The arms of another, a place to belong
No longer the struggle, no longer the night
And ever becoming in the quickening light

To see the darkness, to listen within
To answer in kindness, to ever begin
To ever be gentle, to always be strong
To walk in the wonder, to live in the song

In a place of enchantment where the wild things are known
Will the future remember when the lovers are gone

And I see them dancing somewhere in the moonlight
Somewhere in Alaska, somewhere in the sun
I hear them singing a song for all lovers
A song for the two hearts beating only as one
A song for the two hearts beating only as one

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theme : 心に沁みる曲
genre : 音楽

被災者の皆様へ 心よりお見舞い申し上げます。

2011.03.13.15:40

東北地方でおこったこの大震災を見て心が痛むばかりです。宮城、岩手、福島、山形、茨城、群馬、栃木、埼玉、東京、千葉、神奈川にお住まいの皆さまに心よりお見舞い申し上げます。

私は今から16年前、1995年1月17日の午前5時46分頃、この日付も時間も忘れられないのですが、阪神大震災に遭いました。当時はまだ独身で神戸に住んでいたのです。朝寝坊の私は会社勤めをしているのにもかかわらず、いつも朝の7時にも起きられなかったのですが、この日の大地震で目がすっかりと覚めてしまいました。揺れるはずのない家がグラグラと激しく揺れたのです。私はてっきりお風呂が爆発したんじゃないかと思ったんです。  そうではなく、地面の中側が爆発したんですね。とにかくものすごく怖くてしばらくの間はリュックサックをいつも手元に置いていつでも逃げられるようにしていました。

ちょうど新年の年明けの頃でずっと体調の悪かった私は会社をしばらく休んでこの1月17日には出勤する予定でした。その前の晩はちょっとした悩みごとであまりよく眠れませんでした。でも、その早朝の地震ですっかり何もかも変わってしまったのです。

幸い私も母も怪我などもなく、家も潰れることもなかったです。私の勤めている会社も無事でした。ただし会社の職員のうち2人が生き埋めになって、亡くなり悲しい思いでした。自宅が全壊した職員もいました。

震災後の通勤はかなり大変でした。会社にいく途中の一駅が完全に潰れているため、バスに乗って通勤しました。帰りも途中まで電車に乗り、潰れている駅の前でバスに乗り換えるはずなんですが、渋滞のためバスが来ない。すると諦めて歩いて次の駅まで行ったもんなんです。とにかくよく歩きました。もくもくと線路沿いを歩いているとなんか戦争体験をしているような錯覚すらありました。妙に被災者同士の連帯感があるのか、知らない人が親しげに話しかけてくるようなこともありました。

アスベストの危険から身を守るため鳥のくちばしみたいなマスクをして通勤していました。それと営業職でしたので、外を歩く時は危険なので、マスクは欠かせなかったです。神戸の三宮周辺ではビルが倒壊していましたし、長田の当たりですと火災で焦げた商店街が不気味でもありました。とにかく胸の痛みが常にありました。それと公立学校に避難している被災者の方々も多かったですが、その世話をするため休みなく働いたため、過労死した方もいらっしゃいます。知り合いの方の話によると顔つきがすっかり変わってしまい、亡くなってしまったと・・・。今も救助活動されている方々がたくさんいらっしゃるかと思うのですが、交代でしっかりと休みをとっていただきたいですね。

私のお客さん方は皆無事で本当に良かったと思っています。お客さん方をすべて周るのは本当に大変でしたが、皆さんのお顔を拝見できるのが嬉しかったです。被害の大きい地域在住の方々は夜にはよく眠れないなど悩みが続いていました。

今回のこの東北地方太平洋沖地震は阪神大震災とは比べ物にもならないくらい範囲が広く被害の規模も大きいです。福島の原発の炉心溶融もその被害の規模がどこまで広がるのか、恐怖に駆られます。また津波で瞬く間に流されていく家や車などを見るにつけ人間の弱さはかなさを見せつけられてしまいました。どんなに科学が進歩しようとも優れた技術を極めようとも地震や台風や津波など自然の力にはかなわないのだということなんですね。人はどんなに賢くなろうとも謙虚な気持ちを持ち続けないといけないのだと心改めて思い知らせられました。


昨日一昨日と関東地方や東北地方のジョン・デンバー・ファンの皆さん、音楽ファンの皆さんや学友たちでメルアドのわかる人達を中心にメールで安否確認をしました。ブログ日記などから無事とわかった方もいらっしゃいます。ほとんどの方々が無事でホッとしました。停電のせいかメールが届きにくいのか、まだ返信が来ない友人もいます。なんとか連絡をとりたいものだと思っています。被災地から離れていてもかなり揺れたんですね。


無事だとわかった方々の一覧です。関東・東北中心の方々です。住所がよくわからず、被災地から遠い方も含まれています。北海道、山梨、新潟のほうもすごく揺れたそうです。↓

タケルさん、口だけデンバーさん、Miss Piggyさん、エリーさん、emichiさん、meruさん、レモンさん、OTさん、DECOさん、マシューさん、テリーさん、maryppmさん、OBIKENさん、コロ直さん、なゆさん、Georgeさん、梅さん、水ちゃん、kutakutaさん、ウイリーさん、雨降り花さん、のんきさん、がじゅまるさん、sayaさん、nanaさん、「石と岩」の石さん、つかささん、のんきさん、たーやんさん、K1さん、takabohさん、Nobuさん,松月さん、Tokkochan(順不同)

他にもいつも、あるいは1度でも数回でもコメントを下さった皆さん、無事であることをコメント欄やメールフォームから知らせていただけると嬉しいです。

地震に遭った方々のメール等によると会社の中がめちゃくちゃになったり、ガスが止まっている地域、水が止まっている地域もあります。会社で一晩を過ごし、翌日電車で帰宅した方、当日徒歩で数時間以上もテクテクと歩いて帰宅した方もいらっしゃいます。またご家族が大けがされたりとか、本当に何があるかわかりません。私の友人のお兄さんが仙台の方に住んでいて連絡が取れず心配していましたが、昨日の夜にやっと連絡が取れてホッとしたところです。まだ連絡が取れない方々も早急に連絡がとれるよう願うばかりです。

今のところ、私には被災者の皆さんのためにできることがないのですが、義捐金を送るとか、何か必要なものがあれば送りたいのですが、宅配便を受け付けていないようですし、不要な物を送るとかえって被災地の皆さんに迷惑がかかるので、慎重に調べてみたいと思っています。今必要なのは一刻も早く生存者の方々の救出ですよね。それとライフラインの復旧ですね。それと一人暮らしのお年寄りのいらっしゃるところもすべて廻ってみていただきたいです。私の父は2月に亡くなりましたが、もし生存中にこの地震があれば、とても心配でいても立ってもいられなかったと思います。今も関東地方や東北地方にたくさんの孤独なお年寄りがいらしゃるはずです。ぜひともなんとかして訪ねていっていただきたいと願うばかりです。

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親父の最期

2011.03.01.07:07

一ヶ月ほどお休みしてしまいました。このブログを書き始めてこんなに長く更新しなかったことはないです。


実は父が亡くなったのです。

父とは9歳の時に生き別れになりましたので、私にとっては9歳の時に死んだようなものですが、本当のお別れとなってしまいました。


12月に父が癌だとの知らせを受けましたが、内心まだ大丈夫という思いがありました。でも、1月になって、ヘルパーさんより父がだいぶ衰弱しているとの知らせを受けて、翌日、すぐに東京に飛びました。父は寝返りも、うてなくなり、食べることもできなくなって、がりがりに痩せてしまって、なんとも哀れな状態になり、涙がこぼれました。


2月に入り、福祉事務所より、父がもう今日明日の命との知らせがあり、再び東京に飛び立ちました。父が酸素吸入されているイメージがあったのですが、意外にもそれもなく、私の顔を見るとちょっと元気が出たようでした。「お金は大丈夫なの?泊まるところは?」と言って、気遣ってくれました。

ちょうどその日は息子の弁当の日だったので、朝5時起きして、お弁当を作ってから東京に来たのです。そんな話をすると父は何か食べたくなったようでした。でも、もうご飯も何も食べることができないのです。声もあまりでなくて、とても弱弱しくなっていました。

でも、私は外でパンを食べたけど、甘過ぎて美味しくなかったなんて話をすると、父の自宅の近くにパンをかついで売りにくるから、6枚切りの食パンを買いに行って欲しいなどと、話していました。看護婦さん達も「よくお話できましたね」とニコニコしていました。

本当に2日だけでしたが、父は少し元気を取り戻して、少しばかりでしたが、話ができたのです。

その翌日からがくんと弱ってしまい、一週間後に息を引き取りました。


父の臨終を目の当たりにして思ったのは、やっぱり家族って大事だなぁということですね。父のように家族を捨てて家を飛び出してしまい、年をとってしまうと誰も見舞いにも来ない、本当に一人ぼっちですもの。自ら播いた種を刈り取っているとはいえ、なんとも虚しく悲しくてやりきれない思いでした。

父の死後一週間後に火葬することになり、また東京に向かい、火葬場でお世話になったヘルパーさんにお会いしました。火葬に1時間ほどかかるので、待っている間、話をしましたが、ヘルパーさんは、父のことを「変わっている」言っていました。父は普通の親父タイプの人ではなくて、ちょっと気障ったらしいタイプの人でつかみどころがなく、とにかくよくわからない人でした。いつも物すごく丁寧な言葉でヘルパーさんに声をかけていたようです。トーストにもちょっとしたこだわりがあって、トッピングをこうして欲しいとかいろいろと注文がついたようです。火葬の悲しい場面でしたが、ヘルパーさんと笑いながら話ができたのは、私にとってささやかな、穏やかな時間となりました。


その後、父の部屋を整理するため、中を覗いてみると、父の仕事の簡単な記録や、やっぱりそうだったか・・・、と思える書類も出てきました。父の仕事に関しては少しは知りたいと興味があったので、何月何日にどこに市に行ったとか、そんな記録を見つけて、ちょっと嬉しい気持ちでした。

また、父の若いころの写真もありました。父の父、つまり私の祖父であろう人の若いころの写真もありましたが、ジャニーズかと思うほどのイケ面でしたので、これはびっくりしました。私の母も女優顔で、母の父も俳優顔していますが、美形はなかなか遺伝しないものですね・・・(笑)母の兄弟は皆、父親に似ていましたが、そんなにイケ面という感じじゃなかったですね。祖父は俳優の佐分利信に似ていたので、似ているのが自慢でしたが、私は庶民派の祖母に似ていて、残念でした・・・。母は南田洋子さんに似ていましたが、私は似てなくて、残念でした。ま、似ていたら、追っかけまわされて大変だったろうなぁと思います。

父は演歌歌手の事務所で働いていたので、演歌が好きなのかと思ったのですが、ところがどっこい演歌は嫌いだったようです。本当に好きだったのは、ジャズなんです。ジャズは生演奏が一番でしたので、私はというとジャズのことは全然知らないのです。おそらく父も母もジャズが一番のお気に入りであったと言う点で一致していたに違いありません。

こうして父が亡くなり、いろんなことを考えました。もう少し早く会っていれば良かったのかしらとか。でも、これで十分だという思いなのです。家族に迷惑をかける人でしたので、早く会っていれば、嬉しいという気持ちよりも迷惑なほうが大きかったんじゃないかと思うのです。父も入院の前にヘルパーさんになかなか私のことを話しませんでした。迷惑をかけるからという理由で。でも、やっとヘルパーさんに話してくれたので、私に連絡が来たのです。

でも、他人のようだけれど、一応、その昔うちにいた父でしたので、最期のところ、父を看取れて良かったと思っています。もちろん、もし自分が生まれる親を自分で選べるのなら、もっと真面目できちんとした親を選びたかったと思います。でも、こればっかりは自分で選べなかったんですよね。神様の思し召しというより仕方がないと思うのです。

父への哀悼歌です。

まずは越路吹雪さんの「サン・トワ・マミー」。このタイトルの意味は「君がいなくては」です。
男女の恋の歌ですが、「さよならと顔も見ないで 去っていった 男の心 楽しい夢のような あの頃を思い出せば サン・トワ・マミー 悲しくて 眼の前が暗くなる サン・トワ・マミー」の部分ですかね・・・。父はサヨナラも言わずにお気に入りの写真だけをとって家を出たんです。お気に入りの写真は父が私をだっこしている写真です。それと家族全員で写っている写真が私の家にはなかったのですが、父のアルバムの中に1枚だけありました。

次にアン・ルイスさんの「グッバイマイラブ」。これも恋愛もので、当てはまりませんが(笑)、「いつかは逢える これが本当のさよならじゃないの 忘れないわ あなたの声 優しい仕草 手のぬくもり そうよあなたの名前」。娘からのメッセージとしていかがなものかとは思うけれど・・・。

次にジャズの定番ナンバーで「A列車で行こう」です。ジャズのコンサートのチケットだけはとってあったので、これでいいでしょう。父の記録の中で日付ばかりのなかで美空ひばりさん出演だけは特に記載されていたので、やはり大物だったんですね。父は舞台の袖で生の歌を聴いたんですよね。ひばりさんの17歳の時の歌声です。天才としか言えない歌いっぷりです。

次にジョン・デンバーです。ジョンが歌った家族への歌ではアニーさんへ捧げた「緑の風のアニー」や尊敬する叔父さん、ディーンへ捧げた「マシュー」なんかがあります。特にぴったりくる歌が見当たらないのですが、哀悼歌としてこれがふさわしいでしょう。「心は翼」を捧げたいと思います。

そして、父へのメッセージです。

「パパ、いろいろとありがとう。ささやかな再会の時間。本当にあ・り・が・と・う」


http://www.youtube.com/watch?v=2qvxK_3mu_s
サン・トワ・マミー 越路吹雪



http://www.youtube.com/watch?v=IgzBCzIYnOw&feature=related
グッバイマイラブ ~ アンルイス


http://www.youtube.com/watch?v=Hylyk5hJr8s
A列車で行こう Take the 'A' Train/美空ひばり


http://www.youtube.com/watch?v=xkaC34k5_6Q
John Denver The Wings That Fly Us Home



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