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10月12日のあの日を偲んで・・・。

今週は10月12日のことをずっと意識しながらの、一週間でした。実をいうと、かなり前から一ヶ月以上前から、半年以上前からといってもいいかもしれません。

10年前の10月12日にジョン・デンバーは自家用飛行機の事故により亡くなりましたが、これはアメリカのカリフォルニアでの出来事ですので、日本時間に直すと10月13日くらいでしょうか?

その日、その時、私は新聞をとっていなかったので、そのニュースを知りませんでした。テレビも見ていなかったのです。仕事から帰ってきた主人が隣の部屋でテレビを見ていて、いきなりこう言いました。「ジョン・デンバーが亡くなったって・・・・。」「えっ?」頭の中が真っ白になりました。ちょうどその年の5月にはジョンのデビュー・アルバムから10枚目までのアルバムが一気にCD化され、同時発売されて、これでやっと大好きなジョンのアルバムをゆっくりと堪能できると喜んでいた矢先の出来事でしした。

まだ子どもが小さくて、自分の時間も取れないあわただしい日々を送っていましたが、あの時は本当に落ち込みました。なかなか立ち直れない日々を送り、ジョンの追悼番組をやっていないかと探す日々でしたが、ジョンの追悼番組を見つけられないまま、虚しく時は過ぎ去ってしまったのです。

でもこのままではいけないと思い、ジョンの情報をなんとか得たいと奔走する日々でもありました。あの頃はまだパソコンを持っていまかったのです。パソコンがあれば、もっと早く情報を得られたでしょうね。

近くのCDショップには、輸入もののCDをおいていなくて、NTTの電話帳コーナーまで行き、輸入ものを扱っているCDショップを探しました。電話をかけ、ジョンのCDで現在取り寄せ可能のもののリストをファックスで送ってもらいました。その中で、これはと思うものに丸をつけて送り返し、取り寄せてもらいました。通販はしていないということなので、お店に取り置きしてもらい、里帰りしたときにそれをやっと、買ったというわけなんです。ですから、ものすごく遠くのお店に注文したんですよ!ジョン・デンバーのCDをごそっと、何枚買ったんだろう?何枚だか忘れましたが、まとめて大量に買いました。

家に持って帰ると中にジョンに関する情報がないかと探し、その中の住所宛に手紙を書きました。今では骨董品に近いワープロを使って・・・。とにかく、ここは日本、日本にいると海外の情報が入らないことに、気がついたのがこのときでした。日本にニュースとして入ってくるのは、日本人に直接関わりのあるものだけなので、もっと詳しい情報を得たければ、海外のニュース等を積極的に見ていくしか仕方がないですよね。

日本の歌手が亡くなれば、日本の芸能レポーターがすぐに駆けつけ、その歌手にゆかりのあった歌手やその他の有名人に直撃インタビューをしますよね。大好きなジョンが亡くなったというのに、日本の芸能レポーターは誰もアメリカまで取材に行ってくれませんでした。

ここは日本、アメリカから遠く離れた国なのだと実感しました。

今日は、大好きな「Sunshine on my Shoulders」(太陽を背にうけて)を聴きながら、大好きなジョンのことを懐かしみたいと思います!

https://www.youtube.com/watch?v=g5sbTHMP0Ig


2007年10月12日の記事の再掲載





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アメリカン・トップ40

私は小学校時代は歌謡曲派で、友人から「平凡」や「明星」に載っているアイドル写真の切り抜きを分けてもらったりしていました。でも、小学校卒業と同時に日本の歌謡曲とは、おさらばしました。その後は、もっぱら、アメリカン・ポップス一辺倒です。それはもうジョン・デンバーとの出会いがあったからでしょうね・・・
それに加えて「アメリカン・トップ40」の存在も大きいですね毎週全米トップの曲目40曲をリアル・タオムに知ることができたわけで、DJのケイシー・ケイスンと湯川れい子さんの解説もとてもすばらしく、私はせっせと葉書を出し、ラジオから湯川さんの素敵な声、そして私の葉書のことも読んでもらえたし、最高でしたね海外にビッグ・アーティストと電話でインタビューなんてのもあったし、・・・。私には、何をしゃべっているのかは、わかりませんでしたが、湯川さんが通訳をしてくださいましたし、日本でもアメリカン・ポップスの人気が絶好調の時代で本当にいい時代だったなぁ、と思うんです。
夜の9時には寝る健康優良児でしたが、「アメリカン・トップ40」のある晩だけは、夜更かしをしてラジオにかじりついていたもんです。10時から12時まででしたっけ?12時まで起きているのは、かなり辛かったです。ジョンの「アイム・ソーリー」(I'm Sorry)が1位の時は確かカセットテープに録音しながら寝ながら聴いていました。睡眠学習みたいですが・・・。ジョンの歌が全米トップっていうのは嬉しいですよね
あのテープをとっておけば、よかった。今でも私の心の中では再生できるのですが、テープのように外に出すことができないのが辛いですね・・・。

2007年7月31日の記事の再掲載
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「An Evening with John Denver」(3)

ジョン・デンバーライブ」(An Evening with John Denver)の中で特に印象的だったのは、「マシュー」(Matthew)という歌でジョンが大好きだった叔父さんの思い出を歌ったもので、叙情的でアメリカの美しい小麦畑がリアルに思い浮かぶすばらしい歌です

「マシュー」        作詞作曲:ジョン・デンバー 訳詞:マーヤ
僕にはマシューという名前の叔父がいた
叔父さんは独りっ子
カンサスはコルビーのちょうど南で生まれてる
彼は母親の誇りと喜びだった

「肯定」と「喜び」だけが彼を育てた土壌
愛さえあれば強く生きられた
黄金は風すさぶカンサスの小麦畑みたいなもので
青色はカンサスの夏の空の色だった

僕がまだ小さかった頃のこと
すべての話は彼が語ってきかせてくれたものばかり
素敵な時間を持っていたのはぜんぶ彼だったし
その頃の思い出は何もかも彼がくれたものだった

カンサスの農場の息子として育てば
人生はおよそ楽しみに満ちたもの
太陽の下で遊ぶロバのかげ
パパの背中に乗っかって

心地よい承諾と喜びだけが彼を育てた土地
愛さえあれば強く生きられたし
黄金色は風すさぶカンサスの小麦畑
青色はカンサスの夏の色



https://www.youtube.com/watch?v=wKPmoLxAqCM


2007年7月7日の記事の再掲載
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「An Evening with John Denver」(2)

私はこのアルバムをカセットテープに録音して繰り返し何度も何度もあきることなくよく聴いたものでした。特にお気に入りの曲はエンドレスといってもいいくらいよく聴いたものです。その中の一曲をご紹介したいと思います。「トゥデイ」(Today)という歌です。


今日という日を大切に、今という時を大切に生きていきたいなぁ、と思いながら、この歌の素晴らしさに今日もまた、感動してしまったりしてします

http://www.youtube.com/watch?v=fdZ2TwNitOA


2007年7月6日の記事の再掲載
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アルバム「An Evening With John Denver」(1)

この「ジョン・デンバーライブ」(An Evening with John Denver)は、アメリカのロサンジェルス、ユニバーサル・アンフィシアターで収録されたライブアルバムです

ライブアルバムというのは、スタジオ録音と違って、拍手や手拍子、聴衆の声援や歌声も入り交じり、実際にそのコンサートに行かなくてもその場にいるような臨場感があっていいもんですね!このアルバムが出た当時、
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